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事件

国松長官狙撃事件真犯人,中村泰が自供するが逮捕されぬ理由に公安の闇が?犯行動機と生い立ちも

投稿日:6月 30, 2017 更新日:

1995年に起きた国松長官狙撃事件。

当時、全国22万人の警察庁のトップだった国松孝次長官が、自宅マンションを出たところで何者かに狙撃されるという、前代未聞の事件です。

警察の捜査が進む中、数々の犯人が浮かび上がり、その中でもある一人の男・中村泰が自ら犯行を自供。

しかし、逮捕へは至らず、2013年に時効を迎えた謎多き未解決事件のひとつでもあります。

今回は、国松長官狙撃事件にスポットを当て、真犯人と自供した中村泰の犯行動機、さらになぜ認めながらも逮捕に至らなかったのか理由などについてまとめてみました。

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国松長官狙撃事件の概要~狙われた警察トップ~

今から23年前、1995年3月30日午前8時30分頃。

当時、全国の警察22万人の指揮を執る・国松孝次長官が、通勤のため自宅マンションを出たところ、何者かによって狙撃された。

国松長官は警察が警察を守ることに、昔から違和感を抱いていたため、SPをつけていなかったが、マンションを出たところには専用車が待機し、秘書官と私服警官が護衛していた。

雨が降る中、マンションの通用口から車へと向かう、わずか数メートルの間、待ち伏せていた男が遠方から国松長官に向けて発砲。

男と国松長官の距離はおよそ21mもあり、かなり扱いになれていたものだと考えられている。

国松長官はすぐさま病院へ緊急搬送され、何度も心肺停止の状態となるものの、なんとか一命を取り留めた。

国松長官狙撃事件概要~事件に不慣れな公安部の捜査で犯人逮捕が遅れたのか…?

事件後、犯人は自転車で逃走。

そして、事件から1時間後にテレビ朝日に脅迫電話がかかってくる。

「オウムに対する捜査をやめろ。捜査を止めなければ、井上幸彦警視総監や大森義夫内閣情報室長らを次なるターゲットとする」

国松長官が狙撃される10日前の「3月20日」に地下鉄サリン事件が起こり、「22日」に教団への強制捜査が行われていた。

そのため、国松長官狙撃は、教団による警視庁への報復行為だと見られ、公安部により捜査が始まった。

しかし本来、このような凶悪事件を扱うのは警視庁刑事部。

ところが、刑事部はオウム事件に忙殺されていたため、公安部が不慣れな捜査に乗り出すこととなった。

捜査が始まったものの、公安部の幹部では不安の声があがっていた。

公安部の捜査手法は、何年もかけて対象となる組織の中に協力者や情報源を作る。

元々公安内部では、教団に対し以前からマークすべきであると声があがっていた。

しかし、信教の自由の考えから、当時の公安部では「動かない」という判断が下されており、協力者や情報源となるものがなかった。

そんな状況から、公安が行ってきた捜査手法を駆使できないと、不安が募っていたが捜査が行われた。

すると事件と教団をつなぐ目撃証言が浮かび上がってくる。

現場近く警察署の女性警察官が、教団幹部に似た男を目撃したという。この情報を重視した公安部は現場から近くの、南千住警察署付近で聞き込みを始める。

ところが、別の場所での目撃証言が1ヶ月も放置されていたことが判明。

現場近くにて、犯人を見たという別の男性からの目撃証言だった。

その後の捜査の結果、その自転車に乗った男が真犯人だった可能性が高いと見られている。

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浮かび上がる新たな犯人~元巡査長が犯行を自供しオウム信者だと衝撃の告白

オウム犯行説で捜査が進む中、事件発生から翌年、マスコミ各社に告発文が届く。

それは「国松長官を襲った犯人は、教団信者の警視庁警察官である」という衝撃の内容だった。

公安部は、実はこの告発分が届く半年前から、教団信者で元巡査長の小杉に事情聴取を内密に行っていた。

調書には小杉元巡査長自身が「私が撃った…」という発言をしていた記述が残されおり、小杉元巡査長が事件前日に、現場で下見をしていたという目撃情報があった。

公安部は小杉元巡査長を実行犯と仮定し、捜査が進めたが次第に彼の供述が二転三転し始めた。

犯行に使われた拳銃を、神田川に捨てたとの供述もあったが、発見されることなかった。

その後、公安部は杉山元巡査長を逮捕に踏み切ったが、決定的な証拠が見つからず、不起訴となった。

新たな真犯人~中村泰が浮上

小杉元巡査長が不起訴となり、公安部の捜査が頓挫する中、刑事部は別の男に注目し動き始めていた。

その男は中村泰受刑者。

中村泰は、当時拳銃を使った現金輸送車を襲撃し、岐阜刑務所に服役中。過去にも警察官を殺めた事件を起こしていた。

現金輸送車を襲い逮捕された中村を調べると、銃の扱いに長けており、特殊な訓練を受けていることがわかった。

警察は、さらに中村の素性を調べていくと、「木村」という男が浮上してきた。

木村も拳銃を使った事件を起こし刑務所に服役していた過去があった。

同時期、中村も刑務所で服役していたことが判明し「木村」が共犯者として浮かび上がってきた。

警察は木村のもとを訪ね、自宅への家宅捜査を行い、二人がアジトとしていた場所へ向かった。

しかし、木村は心筋梗塞を起こし突然亡くなってしまう。

木村が亡くなった後、捜査員たちがアジトへの家宅捜査を行うと、国松長官に関する新聞記事など大量の資料が見つかった。

さらに二人が契約していた貸金庫からは多くの武器が見つかる。

これを証拠に中村への取調べが行われると、中村は「自分が実行犯である」と犯行を自供した。

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中村泰の生い立ちと犯行の動機~チェ・ゲバラに憧れた男

1930年に東京都新宿で生まれた中村は、父の仕事の都合で幼少期は旧満州で過ごした。

当時日中戦争の真っ只中であり、中村は10歳ごろから銃を手にしていたという。

このような環境で育ったせいか、中村は一般常識を超越した活動をしなければならないという思いが、心の中にあったと後に手紙で語っている。

その後、日本に帰国し高校へ入学。

当時、中村は愛国心や同胞愛などの思想が教えられる私塾に通っており、塾を主催していた橘孝三郎という男に出会う。

橘孝三郎は、昭和を代表する政治運動化の一人で、極端な愛国思想化だった。

中村は橘の元で、大儀のために生きる志士的な生き方を学んだという。

高校卒業後、中村は東京大学教育学部に入学し、ノーベル賞を受賞できると言われるほど優秀であった。

しかし、次第に学生運動にのめりこみ大学は中退。

警察と衝突し、武器を手にした暴力革命を志すようになる。

そして、26歳の時、革命の活動資金のため銀行強盗を計画していたところ、職務質問をしてきた警察官を突然銃であやめ、中村は無期懲役となり20年近く獄中で過ごすこととなった。

45歳で刑務所を出た中村は、革命家・チェゲバラに夢中になり崇拝し、獄中でスペイン語を習得していた。

チェゲバラの生き方に強い衝撃を受けた中村は、自分もゲバラになると心に決める。

しかし刑務所から出たばかりで、資金がなかった中村は、持ち前の頭脳を駆使し、先物取引業で1億もの活動資金を手にしていく。

そして、パスポートを偽装し、当時内戦を起こしていたニカラグアに向かい戦闘員になろうとするが、中村が現地入りした時にはすでに休戦状態となり、戦線に加わることはできなかった。

ゲバラになることができなかった中村。

しかし、革命への熱は冷めることはなかった。

その後、50代になった中村はアメリカに渡り射撃の軍事訓練などを受けていた時、後に共犯者となる「ハヤシ」(木村)と出会い、意気投合する。

革命と愛国の精神で共鳴した二人は、特別義勇隊(ぎゆうたい)という組織を結成し、革命を起こす計画を立てる。

さらに複数の支援者を募り、人民を苦しめる不当な勢力と闘う少数精鋭隊を作る。

中村はアメリカで武器を少しずつ購入し、日本へと密輸。

貸金庫などに保管し、革命を起こすその日のために備えていた。

そして時は流れ90年代。

日本に戻った中村は、当時勢力を広げていたオウム真理教の存在を知り、危険なカルト集団のように感じていた。

その後、長野県松本市で松本サリン事件が起こり、中村はオウムによる犯行だといち早く睨みハヤシと、サリンを作っている第7サティアンを襲撃することを計画する。

しかし、二人が準備を進めている中、地下鉄サリン事件が起こる。

第7サティアン襲撃が遅れたため、地下鉄サリン事件が起こったという悔しさの中、いつしか二人は、松本サリン事件という前兆がありながらも、放置していた警察の責任が大きいと、矛先は警察へとむかった。

この責任を取らせるため、そして、犯行をオウムの仕業に見せかけ、教団への捜査を進めさせるために、国松長官を襲う計画を企て犯行を実行したという。

中村が犯行を実行し、現場から自転車で逃走。

その後、自転車を乗り捨て離れたところで、車で待つハヤシと合流し、逃走した。

そして凶器となった武器は、伊豆大島に向かう船にて、太平洋の海へと捨てたと供述した。

この事件をきっかけに教団への捜査がより一層行われ、麻原は逮捕された。

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中村泰犯行を自供したものの逮捕されぬ理由,警察公安の隠された闇の気配も…

しかし、中村が犯行を自供したものの、逮捕へと至らなかった。

実は、目撃情報などと照らし合わせると、矛盾点が浮かび上がってきた。

目撃された犯人の特徴は年齢30代~40代、身長170~180センチである。

ところが、中村受刑者は当時61歳で、身長は161センチ。

目撃情報の犯人像とは一致しない。

中村の供述どおり、第7サティンに襲撃するための、装備や軍資金の証明ともなる先物取引で手にした金額が、記載されている書類などが見つかった。

中村の動機や、犯行を裏付けるような証拠品がありつつも、中村が確実に犯人だという決定できるような物的証拠は見つからなかった。

確かな証拠がないため、中村はいまだ逮捕されていない。

このことに対し、警察公安への疑惑も浮上している。

当初、刑事部から事件の捜査を請け負った公安部。

犯人はオウム信者だと進めていたが、結局信者とは関係ない中村が浮上。

中村が真犯人として逮捕されれば、公安の面目も丸つぶれとなる。

こういったことも理由として逮捕へと至っていないのではという説もあがっている。

おわりに

オウム幹部、小杉元巡査長、そして中村泰と数々の犯人が浮上し、混乱を招いたこの事件。

中村は事件を追い続けている記者に「自身が真犯人であると断言する」という手紙を送っています。

しかし、逮捕へと踏み切れる確実な物的証拠がないとして、事件は迷宮入りしてしまいました。

数々の謎が残り、そして裏には大きな何かが隠されているような事件のような気がしてなりません。

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-事件

執筆者:


  1. Gyne より:

    今日のNHKスペシャルと同じ内容を半年以上も前に書かれています。大変な調査力ですね。

  2. taki より:

    ある意味NHKより詳しいよ

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