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金スマ タッキー滝沢秀明ネタバレ 壮絶生い立ち&引退理由とタッキーの思いに涙!

投稿日:12月 28, 2018 更新日:

2018年突然表舞台からの引退を発表したタッキーこと滝沢秀明さん。

金スマスペシャルに出演し、これまで秘めていた過去が明らかになりました。

今回は、タッキーが中居正広だけに金スマ内で語った内容ネタバレをまとめてみました。

金スマ・タッキー【知られざる過酷な幼少期】

1982年東京都八王子市に三人兄弟の末っ子として生まれたタッキー。

可愛い顔をしていたが、生まれた時から壮絶な人生だった。

タッキーが生まれる日は分娩室に空きがなく、待合室でタッキーを出産したのだった。

生まれたての顔は目鼻立ちが整っており、とてもかわいい赤ちゃんだった。

タッキーの名前は、賢く明るく育ってほしいとの由来で名付けられた。

幼い頃のタッキーは、隅っこでおとなしく座っているタイプであり、人と接するのが苦手で一人でいることが多かったという。

 

一方、タッキーの母親は明るく社交的な性格。

タッキーはそんな母親が大好きだった。

しかし、父との関係はあまりよくなく、子供ながらにわかりやすい愛情を受けた記憶はなかった。

タッキーが唯一覚えている父との思い出。

それはタッキーが幼稚園の時。

普段めったに口を聞かない父が珍しくタッキーに、物を一緒に運んで欲しいと頼み事をしてきた。

しかし、これを最後に父は自宅に帰ってくることはなかった。

理由は両親の離婚。

それを喜んで手伝ったことだけが、父との唯一の思い出だった。

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これをきっかけに生活は一転した。

母は3人の子供を育てるため、朝から晩まで働き詰めの毎日であり、姉と兄が面倒を見てくれたという。

父が出ていってから家族のバランスは崩れてしまった。

生活は苦しく、食べ物に困ることがあり、水と小麦粉を解いて、ホットプレートを焼いて食べたこともあったという。

その小麦粉すら食べられない時はお菓子だけで過ごした。

服を買う余裕もなかったため、冬でもタンクトップと短パンで過ごすこともあったという。

 

さらに、鉛筆や消しゴムも買えない時もあり、教室で拾ったものを使っていた。

そんなタッキーにとって最も辛かった時期はクリスマスだった。

生活が苦しいタッキーの家では、クリスマスを祝う習慣もなく、作文には嘘の内容を書いた。

そんなタッキーの家で唯一の贅沢は餃子だった。

しかし、餃子の中身の肉を買えなかったためシーチキンだった。

着るものにも食べるものにも困っていた少年時代。

そんな幼少期を過ごしていたタッキーは子供ながらに、自分が母を助けなければ‥と思うようになっていた。

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【全ては家族のため‥ジャニーズへ】

やがて中学生になったタッキー。

子供ながらにどうやったら中学生でも働けるのかと考えるようになった。

そこで、まず最初に進もうと思った道は大好きなプロレスだった。

しかし、当時中学1年生ながら身長143センチ、体重33キロしかなかったためプロレスラーは断念。

そんな時、たまたま目にしたのが、姉が夢中になっていた「KinKi Kids」だった。

ジャニーズを入りたいわけでもアイドルになりたいわけでもなく、この生活から抜け出すために自らジャニーズに応募した。

見事書類選考を通過し、オーディションに進むことに。

しかし、人前に出ることが苦手だったタッキー。

不安を抱きながらもオーディションの会場に向かった。

 

そこでタッキーの人生を大きく変える出会いがある。

タッキーの目に入ったのは、少年たちにハンバーガーを配る謎の男性。

ボロボロの洋服を着て警備員かと思っていたが、その男性こそが社長のジャニーさんだった。

そしてこのオーディションにて、後にユニットを組む今井翼と出会ったのだった。

オーディションでは、踊ったこともないダンスを必死に踊り、カメラに向かって自己紹介をした。

しかし、うまく自己紹介もできなかったため落ちたんだろうなと思った。

 

ところが1週間後、ジャニーさんから電話が入った。

「誰?」と突然ジャニーさんから言われ「滝沢です」とタッキーが答え、2週間後にKinKi Kidsのコンサートがあるからきちゃいなよと言われたという。

しかし、なぜダンスも自己アピールもできなかったタッキーが合格できたのか?

今井翼曰く、他の人とは違うオーラをまとっていたという。

家族のためにと来ていたタッキーの強い思いはジャニーさんに伝わっていたのだろう。

 

そして2週間後、KinKi Kidsのバックダンサーとしてはじめての仕事をこなした。

「僕はこれから先マイナスなことは絶対に言わない。

暗い少年時代を過ごしたことを隠し、スポットライトを浴びて生きていく。」

タッキーは母にそう伝え、ジャニーズとしての道を歩んでいく。

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【スターダムへとのし上がっていくタッキー】

家族を支えるため13歳でジャニーズ事務所に入り、ジャニーズJrとして活動を始めたタッキー。

ジュニアとは先輩ジャニーズのサポートを行う下積みのようなものである。

しかしタッキーは違った。

当時200名以上いたジャニーズJr。

タッキーは期待の星として、ジャーニーさんから自宅や食事会に誘われていたという。

更にタッキーは礼儀やマナーなどをジャニー氏から教わったという。

幼い頃に父と別れ母一人に育てられてきたタッキーにとって、ジャニーさんは初めて知る父親という存在だった。

 

そしてジャニーズに入って半年後驚きの出来事が‥!

ジャニーズ史上最短でドラマの主演に決定した。

しかしタッキーは直前まで知らされず、週刊誌や新聞で知ったという。

 

当時13歳初主演にして初演技は「木曜の怪談」だった。

そして14歳の時、ドラマ「誰かが誰かに恋している」にて23歳の中居正広とも共演。

タッキーには、気遣いをしてくれる中居くんが憧れの存在だった。

ドラマに出演する一方、ジャニーさんはオーディションにタッキーを同席させ、面接官をさせることもあった。

 

そんな彼の人気もあってか、これまで先輩ジャニーズの助手でしかなかったJrが、ひとつのグループとして注目されるようになった。

そして16歳の時、ジャニーさんからJrをまとめるように言われた。

当時のJrには嵐や、山P、生田斗真など多くのスター候補がいる中で、タッキーがリーダーに抜擢されたのだった。

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さらにリーダーだけでなく、Jr総出演の番組MCを任された。

それが「8時だJ」だった。

自分のことで精一杯のことにも関わらず、進行や他のメンバーのことまできにかけなければいけない。

そんなタッキーに対する僻みや嫉妬も多かった。

他のメンバーが問題を起こせばリーダーであるタッキーの責任。

それに耐えられなくなったタッキーは母に連絡し、ジャニーズを本気で辞めようと考えることもあった。

当時、思春期ということもあり、不満をジャニーさんに向けることもあった。

するとジャニーさんは、

「僕はタッキーに10のことをあげるから、タッキーは1でもいいから返しなさい。その1は挨拶でもいい」

そう言われ、ジャニーさんへの恩返し、タッキーにとってそれは後輩たちの面倒を見ることだった。

 

そんなタッキーによく世話になったという山Pは、よく気にかけてもらっていたという。

タッキーは後輩のお父さんでもお母さん的存在でもあり、いつしかタッキーはJr全員から慕われるようになった。

そんなタッキーは「小さなジャニーさん」と言われるようになっていた。

 

やがてジュニアから「嵐」のグループをデビューさせることを知らされた。

当然ながら嵐にはタッキーも入るものだと思っていた。

しかし、嵐のメンバーにタッキーが入っておらず、Jr全員が驚いたという。

嵐のメンバー松潤は「タッキーいないの!?」って思ったという。

ハワイで結成会見をやった時、来ている記者の人たちはタッキーどこだ?という目で見ている。

タッキーいないぞどこだ?という空気だったという。

しかし当の本人は全く気にしていない様子だった。

 

実はジャニーさんから、タッキーが抜けるとJrがなくなってしまう。

だからタッキーは嵐には入らないと言われていたのだった。

さらに、元々嵐の結成をする時に、ジャニーさんはタッキーに相談しながら進めていたのだった。

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そんな中、タッキーの名前を広く世間に知らしめたドラマが「魔女の条件」だった。

タッキーは松嶋菜々子演じる高校教師と恋に落ちる生徒役を演じた。

当時本当の17歳だったタッキーが出演したこのドラマは、回を追うごとに話題になり社会現象となった。

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そしてこの大人気ドラマをきっかけにTBSでもタッキーメインのレギュラー番組がスタート。

今をときめくジャニーズのスターが総出演。

さらに、放送時間が土曜の夜8時というゴールデンタイムだった。

【ジャニーさんから教えられたこと】

ジャーニーさんは、日本でも有数の舞台演出家。

その教えを請い、タッキー自身も舞台の演出を手がけ、作り上げたのが滝沢歌舞伎だった。

しかし、ジャニーさんからは普通じゃないものを作りなさいと言われ、タッキーが考えついた演出が「腹筋和太鼓」と360度回転する「回転太鼓」だった。

普通じゃない演出で観客を魅了した。

その他にもジャニーさんが納得する普通じゃないものを取り入れたのが、4Dフライングという、ラスベガスで行われていた技術をタッキーが日本で初めて取り入れた。

 

さらに、滝沢歌舞伎で女形を演じるタッキー。

準備に時間がかかるため、本番中の舞台から一旦抜け出さなければいけない。

しかしジャニーさんからは、白塗りをするため、舞台上から主役から長い時間いなくなるのは反対だと言われた。

その矛盾を解決すべく、タッキーは白塗りの様子そのものを見せるという演出を生み出した。

 

さらに演出家としてジャニー氏から鍛えられた演出は舞台以外でも生きていた。

それがジャニーさんの誕生日会。

タッキーが取りまとめ、SPが使うようなインカムでジュニアに指示をし、完璧な仕切りを見せていたという。

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【滝翼結成。解散、引退へ‥】

やがて2002年。

タッキー&翼が結成される。

人気のある二人なだけに、ヒット曲を連発。

そして、SMAPのバックダンサーから6年後、タッキー&翼として「うたばん」に出演し、中居くんと共演。

タッキー&翼は順調に活動を続けた。

 

しかし2014年。

今井翼に異変が起こり活動休止に。

タッキーは一人今井翼を待ち続けた。

 

その後、今井翼は復帰したものの、メニエール病を再発し、無期限休止となった。

タッキーは、再び今井翼の復活を待ちながら活動を続けた。

しかし2度目の活動休止から1年が経っても、今井翼の復帰のメドは立たず、タッキーは解散を決意し発表した。

さらに今井は治療に専念するため事務所を退所。

そして、タッキーは一人活動をしていくものだと思われたが、まさかの芸能活動を引退。

ジャニーさんと同じように、若手のプロデュースに回る裏方の道を進むことを決意した。

 

なぜ解散をしてもソロで活動しながら、裏方をするという選択でなかったのか?

嫌になって辞めるわけではなく、ジャニーズが大好きなタッキー。

大好きなジャニーズだからこそ、ここから先どう繋いでいくかというのをやりたいという。

そして、父親的存在のジャニーさんに恩返しをしたい、ジャニーズのメンバーも人生をかけてジャニーズをやっている。

だからこそ、中途半端ではなく人生をかけてやりたいというタッキーの強い思いからだった。

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引退するタッキーへ。

<松潤>

二人(滝翼)がそういう道を選んだということは、一緒にやってきた自分としては応援したい。ひとまず、お疲れ様でした。

 

<生田斗真>

辞めないでといいたいけど‥一生会えなくなるわけじゃないけど、寂しい‥これからも仲間でいてほしい。

 

<山P>

本当に、今ある僕の人生のきっかけを作ってくれたのは滝沢くんだと思っています。本当に本当にありがとうございました。これからもよろしくおねがいします。

 

<ジャニーさんから>

滝沢秀明がジャニーズJrたちの育成を手伝いたいと言った時、驚きとともに嬉しくて涙がこばれそうだった。このような決断をしてくれた滝沢に感謝しています。

 

<今井翼から>

家族以上に沢山の時を過ごした滝沢は、僕にとって大切な存在です。

戦友としてライバルとしていてくれたことに感謝している。ありがとう。

そして沢山迷惑をかけてごめんね。ファンと共に築き上げた時を胸に成長していこう。心からありがとう‥

(おわり)

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